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横浜地方裁判所小田原支部 昭和56年(ワ)443号 判決 1989年2月14日

甲事件原告 山本有知

<ほか一五名>

乙事件原告 山本教一

<ほか三四名>

丙事件原告 落合久万

<ほか九名>

全原告ら訴訟代理人弁護士 佐々木国男

同 鈴木正捷

全事件被告 宮ケ瀬生産森林組合

代表者理事 山本務本

同訴訟代理人弁護士 葉山岳夫

同 野田房嗣

甲、乙事件被告訴訟代理人弁護士 遠藤龍一

同 一瀬敬一郎

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し別紙物件目録記載の各不動産につき横浜地方法務局厚木支局昭和五〇年三月二〇日受付第四五〇〇号をもってなしたいずれも同年二月二〇日現物出資による原告らから被告に対する共有者全員持分全部移転登記の各抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件土地」という)は、元神奈川県愛甲郡宮ケ瀬村村民であった甲事件原告ら、乙事件原告のうち前記当事者目録二の一ないし二九番及び三四番の原告ら、丙事件原告のうち同目録三の九、一〇番の原告ら並びに訴外山本直之、川瀬守四郎、落合要三、藤谷勇三、落合ノブ、落合ハナエ、栗林權藏、井上信彦、川瀬一、渡邊郁兵、山本成五及び落合安雄(以下これらの者を一括して「前記原告ら」という)を含む一七三名の入会林であった。

昭和三一年九月、村の合併により本件土地は同郡清川村所有となり、同時に前記原告らを含む一七三名は、訴外宮ケ瀬造林組合を結成して本件土地に造林目的の地上権を設定し、以後も管理利用を継続した。

2  昭和五〇年二月一九日、本件土地は、「入会林野等に係る権利関係の近代化の助長に関する法律(以下「入会林野法」という)」一二条に基づき、前記原告らを含む一七三名の入会権者に払下げられ、同原告らはこれにより本件土地の各持分一七三分の一の共有者となった。

3  丙事件原告落合章二は本件土地の持分一七三分の一の共有者である。

4  昭和五〇年二月二〇日、前記原告ら及び丙事件原告落合章二は、被告に対し、本件土地の共有持分を全部現物出資し、同年三月二〇日請求の趣旨記載のとおりの登記(以下「本件登記」という)が経由された。

5  しかし、右現物出資には次のような前記原告らの錯誤があるから無効である。

(1) 同原告らは、本件土地の管理主体につき、民法所定の組合か森林組合法による組合(出資組合)を設立するべく検討していたところ、被告設立発起人らと意を通じた神奈川県(以下「県」という)林務課職員から、「三年経過すれば、元に戻したいときはいつでも元に戻せる。出資組合にすることが望ましい。」との強い指導を受けてこれを真実と信じた。

そのため、同原告らは、本件土地を現物出資することに同意した。しかるに、被告は最近に至り、元の共同所有に戻せという原告らの請求に応じないので、いつでも元に戻せると信じたことにつき錯誤があり、かつ原告らはそうであれば、被告設立に同意しなかったし、本件土地を出資しなかった。

(2) 被告設立に際し、本件土地は価額一四七〇万五〇〇〇円として出資されたところ、昭和五〇年当時のその時価は、相続税算定方法の基礎となる評価や不動産の鑑定評価に関する法律に基づくと約六億円であった。

原告らは右時価が六億円であれば、被告設立に賛成しなかったし、本件土地を全部現物出資することはなかった。よって、この点にも錯誤がある。

6  訴外山本直之は昭和五四年四月二六日死亡し、乙事件原告山本愼四郎が相続により承継した。

訴外川瀬守四郎は昭和五四年一一月二九日死亡し、同人を承継した訴外川瀬露子は昭和五五年二月二六日死亡し、乙事件原告川瀬操が相続により承継した。

訴外落合要三は昭和五六年六月一八日死亡し、乙事件原告落合款が相続により承継した。

訴外藤谷勇三は昭和五二年一二月二五日死亡し、乙事件原告藤谷常子が相続により承継した。

訴外落合ノブは昭和五六年六月二九日死亡し、乙事件原告落合保治が相続により承継した。

7  訴外落合ハナエは、昭和五六年一二月一八日丙事件原告落合久万に対し、訴外栗林權藏は、同月八日丙事件原告栗林辰雄に対し、訴外井上信彦は、同月一一日丙事件原告井上行弘に対し、訴外川瀬一は、同月一八日丙事件原告川瀬ナカに対し、訴外渡邊郁兵は、同月二日丙事件原告渡辺昭洋に対し、訴外山本成五は、同月一二日丙事件原告山本甚一に対し、訴外落合安雄は、同月一五日丙事件原告落合英一に対し、いずれもその本件土地共有持分を贈与した。

8  よって、原告らは本件土地の共有持分権に基づき、錯誤による登記原因の無効により、被告に対し、請求の趣旨記載の登記の各抹消登記手続きをなすことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は、そのような登記簿上の記載があることは認めるが、効果は争う。

即ち、本件土地は、昭和四六年三月二七日清川村から前記原告らを含む一七三名の組合員で構成する訴外宮ケ瀬入会林野整備組合(以下「整備組合」という)に一九〇〇万円で譲渡された。そして、同組合員らにより、被告が昭和四九年一一月三〇日、森林法一四〇条に基づく神奈川県知事(以下「知事」という)の認可を受けて設立された。

知事は、同日入会林野法一一条一項に基づく宮ケ瀬入会林野整備計画を認可し、翌五〇年二月一八日同計画は公告された。右整備計画において、前記原告らを含む前記組合員一七三名は本件土地を現物出資することとし、入会林野法一四条により知事は登記手続きを嘱託し、同月二〇日付の前記組合員一七三名への共有登記及び本件登記が経由された。よって、前記原告らの本件土地共有持分権は、入会林野法一二条の効果として生じたものであり、前記整備計画認可の結果であるから、同原告らが個人として本件土地の実体的な共有持分権を取得したのではない。

3  同3は否認する。

4  同4のうち、丙事件原告落合章二については否認し、その余は認める。

5  同5冒頭及び(1)は否認し、争う。

同5(2)のうち、本件土地の昭和五〇年当時の時価が約六億円であったことは知らない。前記原告らが、本件現物出資に当たり、本件土地の価額を一四七〇万五〇〇〇円と誤信していたことは否認する。

6  同6、7はいずれも知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  本件土地の沿革

請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、これを認めることができる。

二  本件土地の共有持分

同2の事実につき、被告はかかる登記簿上の記載は認めるものの、前記原告らの実体上の権利を争うので検討する。

前記争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  入会林野法は、昭和四一年に公布施行され、農林地の利用を増進するため、入会権を消滅させて、近代的な権利関係に整備することを目的とした法律である。

2  清川村は、昭和四四年ころ、昭和三一年以来地上権者であった前記宮ケ瀬造林組合等に本件土地を含む入会林を払下げ譲渡することとした。その際、県の指導により入会林野法による入会林野整備事業を推進することとし、昭和四六年一月三一日宮ケ瀬造林組合の組合員である前記原告らを含む一七三名は、整備組合を設立した。そして、清川村は、同年三月二七日右整備組合に対し、本件土地(立木を含む。)を代金一九〇〇万円で譲渡した。

3  整備組合は、入会林野法に基づき入会林野整備を実施する事を目的として設立された民法上の組合であり、その昭和四六年一月三一日の設立総会において、「入会林野整備後の経営は、生産森林組合を設立して行い、権利関係は入会権者の共有とした上で、これを組合に現物出資する」と決議し、以後この方針に沿って入会林野法による入会林野整備計画を策定し、昭和四七年二月二〇日の被告の設立総会において、被告を設立して、入会権者の共有持分を現物出資する内容の宮ケ瀬入会林野整備計画が決議された。

4  知事は、昭和四九年一一月三〇日、同年二月一六日申請された右整備計画を入会林野法一一条一項に基づいて認可し、翌五〇年二月一八日同条三項の公告をし、更に、翌一九日ころ、同法一四条二項に基づいて、清川村から前記原告らを含む一七三名のために昭和五〇年二月一九日入会林野法一二条による移転を原因とする所有権移転登記及び同月一八日同条による消滅を原因とする宮ケ瀬造林組合(川瀬昇名義)の地上権抹消登記を嘱託し、次いで、そのころ、同法一四条三項に基づいて、前記原告らを含む一七三名から被告への昭和五〇年二月二〇日出資を原因とする所有権移転登記(本件登記)を嘱託した。これらの登記は、いずれも同年三月二〇日付にて経由された。

なお、被告は昭和四九年一一月三〇日、森林法一四〇条(当時)所定の知事の認可を得たうえで、翌五〇年三月五日設立された。

5  入会林野法一二条は、入会林野整備の効果として、知事の整備計画公告のあった日限り、全ての入会権及びその他の権利が消滅し、その翌日限り、所有権が移転し、又は、地上権等が設定されると規定する。

以上の事実によって考察する。

右2認定のように、本件土地は、昭和四六年整備組合が清川村から買い受けたが、同3認定のように、整備組合は民法上の組合であり、前記一七三名はその組合員として、またその後は被告の組合員として、本件土地の入会権消滅後の権利形態として、右一七三名の入会権者の共有とするとの内容の宮ケ瀬入会林野整備計画を決議したものである。これは、前記3認定の整備組合の目的とする事業の成功による解散による組合残余財産の分割方法として有効であるから、当事者の実体的な権利変動の意思は存在する。そうすると、前記原告らの共有持分登記は、手続きとしては、確かに入会林野法一四条に基づいてなされ、その所有権移転も直接的には同法一二条に基づいてはいるが、同法の適用は、あくまでも認可公告された前記の宮ケ瀬入会林野整備計画において定められた内容を前提としてなされたに過ぎない。

この点につき、証人南谷武雄は、本件の共有名義は、事務的な一つの段取りで、現物出資への移行方法であるとの趣旨の証言をする。なるほど、右の共有形態は、前記整備計画上次の段階の被告への現物出資へと続く暫定的なものともいえ、実際にも共有の期間は一日であるが、かかる暫定的準備的な形態を理由に、当事者に実際の権利変動の意思がないということはできない。また、前記1認定の入会林野法の趣旨は、入会権を消滅させることにあり、その後の権利形態は個人の共有でも、法人所有でも一向にかまわず、入会林野法に則るときは必ず法人に現物出資しなければならないものではないから、同証言には誤解があり、信用することができない。

よって、前記原告らが、昭和五〇年二月一九日本件土地の各持分一七三分の一の共有持分を取得したとの事実が認められ、これに反する被告の主張は採用できない。

三  丙事件原告落合章二の共有持分権

丙事件原告落合章二は、本件土地の共有持分権を有すると主張するが、被告がこれを争うにもかかわらず、その共有持分権の取得原因を主張立証しない。よって、同原告の共有持分権を認めることができず、その余の部分につき判断するまでもなく、同原告の請求は理由がない。

四  現物出資の存在

請求原因4のうち、丙事件原告落合章二に関する部分以外の事実は当事者間に争いがなく、これを認めることができる。

五  被告の設立をめぐる経緯及びその後の経過

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、これらを覆すに足りる証拠はない。

1  昭和四四年以来、清川村の入会林払下げに関して、前記旧宮ケ瀬村地区の入会団体、前記宮ケ瀬造林組合、勤倹貯蓄会及び貯蓄共栄会は、県の指導を受け、入会林野整備事業を推進するため話し合いを重ね、昭和四五年一二月には、コンサルタントによる、入会権消滅後の権利関係につき生産森林組合方式、共有方式等の説明会がもたれた。その後、県の指導もあって、右三団体がともに生産森林組合方式を採ることにはほぼ傾いていた。

2  昭和四六年一月三一日右三団体が合同で開催した整備組合の設立総会において、入会権消滅後の権利関係について、出席した県職員三名のうち県農政部林業指導構造改善係長栗田貞治から説明がなされた後、出席組合員川瀬茂吉から、生産森林組合すなわち法人の方が良いとの発言があり、更に栗田から両者の長所短所について説明がなされ、その中で、共有とした場合将来相続が発生したときなどには登記面等で煩雑になるなどの発言があった。その後しばらく協議のための休憩がとられた。

3  休憩中に、出席組合員の数人が前記県職員らと雑談する中で、法人となっても二、三年後には任意(民法上の)組合(共有方式)になることができるとの趣旨の話を聞き、前記総会の議長である落合覚治が出席者らの意見を取り纏める形で、「二、三年法人でやってみて、メリットがなければいつでも任意になれるというから、それでやってみよう。」と決断を促した。

再開後の議事では右方式の選択についての意見はなく、直ちに採決に入り、前記三団体がともに各生産森林組合を作って法人方式とする議案に全員が挙手にて賛成した。(前記原告川瀬宏夫本人は、これらは昭和四七年二月のことと供述するが誤解である。《証拠省略》はこれと同様で、しかも訴訟用に用意されたもので信用性に乏しく、認定の用に供しない。)

4  ところがその後、前記三団体の組合員らが作業で集まった際、前記勤倹貯蓄会は同年三月一四日、また貯蓄共栄会は同月二八日にそれぞれ法人方式をやめようとの話になり、その場を各入会林野整備組合の臨時総会として、共有方式とすることに決定した。しかし、宮ケ瀬造林組合(整備組合)に関しては、入会林の面積が他の二者と比べて格段に広く(八六八ヘクタール、勤倹貯蓄会は一九二ヘクタール、貯蓄共栄会は一二〇ヘクタール)、一七三名という多数の個人の共有方式では到底管理ができないであろうこと、県の指導もあるから一つ位法人でも良いとの判断の下に、共有方式に方針を変更しようとの話は出ないまま、前記二34認定のとおり、昭和四七年二月二〇日の整備計画決議、昭和五〇年二月の本件登記、同年三月の被告の設立へと至った。

一方、勤倹貯蓄会の入会林は、昭和五〇年二月一九日入会林野法により八七名の共有となってその旨の登記がなされ、貯蓄共栄会の入会林は、昭和五四年七月一四日同法により一〇七名の共有となって同様の登記がなされた。(なお、証人南谷武雄は、これらは入会林野法による登記ではないと証言するが、誤解に基づくものである。)

5  ところで、昭和五四年ころの訴外東京電力株式会社による用地買収に際して、被告の組合員らはその配当金に課税されたのに対し、共有方式の他の二団体構成員に関しては課税がなかったことから、被告の組合員の間に不満が出始め、折りから本件土地が宮ケ瀬ダム建設により水没することとなり、その補償をできるだけ有利な方法で取得したいとする組合員らは、昭和五六年ころから被告を解消して共有方式にしようとの声を大にし、同年五月の被告の総会でその旨の提案がなされ、委員会を設けて研究することとなった。右委員会において研究の結果、本件土地の時価評価が高額となるために、被告の解散によって被告及び組合員に課される税が多額にのぼることが分かった(但し、一弁護士及び一司法書士からは、普通の法人組合とは違う特別の配慮がなされるだろうとの回答があった。)が、法税対策研究会ないし株式会社ほうぜい(会長兼社長松下三佐男)なるものから、「当初の現物出資が無効であるとしてこれを取り戻し、真正名義の回復による所有権移転登記をすればわずかの金しかかからない、同会らがこれを保証するし、またそのための訴訟遂行を廉価で受任する。」との勧誘を受けた。右勧誘に応じた者らが原告となり、本件各訴えを提起した。

6  整備組合の設立総会で法人方式を採用することを決議した昭和四六年一月当時、被告の如き生産森林組合は、森林法一四四条により総会の議決、合併、破産、定款で定める存立時期の満了及び行政庁の解散命令の各事由で解散することができ、その解散決議は、同法一二一条により特別議決事項とされ、総組合員の半数以上が出席し、その議決権の三分の二以上の多数による議決を必要とした。その後森林法の前記条項は、昭和五三年制定された森林組合法一〇〇条で準用する八三条、六三条に移行した。

被告の定款は、その存立時期を定めなかった。

被告の組合員である原告らのうち、今日に至る迄、被告の総会において被告の定款に定める手続きに則って被告の解散を提案した者はなく、被告の総会で解散が会議の目的たる事項とされたことはない。

六  管理主体の変更についての錯誤

原告らは、前記原告らの本件現物出資に際し、被告を設立しても、三年後にはいつでも解消することができると信じていたが、真実に反したので錯誤があると主張する。

前項認定の各事実により考察する。

原告らは、右3認定の事実により、被告の法人格を三年後には解消できると信じたという。しかし、同6認定の事実により、生産森林組合の解散事由は法定されており、法人を設立する以上その存続廃止につき法律の規制に従うことは自明の理であり、一般の常識人であれば当然予見して然るべきである。そして、右3に認定した「いつでも任意にできる。」との言葉は、合理的に解釈して、法人組合が不都合となればいつでも解散決議により解散して法人格を解消することができるとの意味に解するべきで、これ以外の意味すなわち、前記原告落合昭介及び川瀬宏夫各本人が供述し、かつ《証拠省略》に記述されたところから意味するように、いつでも、何らの手続きを経ることなく容易に、特別の費用も要することなく法人格を解消して、民法上の組合にする(各個人の共有とする)ことができる、との意味に解することは誤解曲解の類に属するといわなければならない。

前者の合理的解釈に従えば、客観的事実に合致しており、そこには何らの錯誤は存在しない。

仮に、前記原告らが後者の解釈をしていたとしても、これらの誤解は、現物出資するとの意思表示の動機として主張されているところ、前記4認定のように、現物出資の前提となる法人方式の決定には、何といっても入会林の面積、県の指導等が重要な影響を及ぼしていたのであり、たとえ、前記原告らが、いつでも被告の法人格を解消できると信じていなくとも、右の強い合理的な要請からして、必ずや法人方式を採用していたであろうと考えられる。しかも、前記5認定の本訴提起に至る経緯に鑑みると、被告解消の方法論の一つとして、事後的にかかる解釈主張が出て来たことが明らかである。それゆえ、前記原告らのこの誤解は、法人方式の採用に当たってさほどの影響を及ぼし得ない事項であるといわねばならない。

そうすると、かような状況の下にあっては、前記原告らがそのように誤解していたとしても、右の意思表示における動機として表示されていたと認めることができない。かつ、仮に表示されていたとしても、この誤解と法人方式の採用ひいては本件現物出資の意思表示との間には因果関係がないから、意思表示の瑕疵たるべき要素の錯誤とはなり得ないものである。

よって、現物出資の意思表示にこのような錯誤があるとの原告らの主張は、これを認めるに足りる証拠がなく、失当というべきである。

七  出資財産の価額についての錯誤

原告らは、本件現場出資に際し、本件土地の価額を一四七〇万五〇〇〇円として出資したが、当時の時価は約六億円であったと主張する。

《証拠省略》を総合すれば、本件現物出資の目的たる財産は本件土地(立木も当然含む。)のみであり、被告の設立に関する現物出資の口数は一万四七〇五口にして、出資一口の金額は一〇〇〇円であったことが認められ、これに反する証拠はない。

右事実によれば、本件現物出資に際し、本件土地の価額は一四七〇万五〇〇〇円と評価されていたことが認められる。

しかしながら、原告らが主張するように、本件土地の時価が当時約六億円であったと認めるに足る証拠はない。そもそも、原告らのかかる主張は、相続税の算出に当たっての評価や不動産の鑑定評価に関する法律に基づけば、との推定の域を出ないものであるし、前記二2認定のように、昭和四六年三月二七日本件土地(立木を含む。)が清川村から整備組合に払下げられた際、その代金は一九〇〇万円であったことからすると、前記一四七〇万五〇〇〇円の決定経過は明らかでないにしても、これが当時の時価を大きく下回るものであったとは考えられない。

なお、《証拠省略》中には、昭和五六年当時の本件土地の評価と解される数字として、九億七七五五万円と記されており、《証拠省略》には、本件現物出資時の時価として一〇億円、《証拠省略》には、前記一四七〇万五〇〇〇円は著しい過少評価、昭和五六年ころと察せられる当時の評価は、立木を含めて約一五億円と各記載されているが、いずれもその算出方法が明らかではなく、本件記録に添付された本件土地の固定資産税課税用の土地評価額証明書によれば、昭和五六年当時の評価額は、合計三二五八万四七一四円であることに照らし、にわかに信用することができない。また、前記昭和五六年当時の時価は信用するとしても、それらの数字から直ちに昭和五〇年当時の時価を算出できるものでもない。

ところで、たとえ、前記一四七〇万五〇〇〇円が時価と齟齬したとしても、本件において錯誤となるかは別の問題である。

前記二、五で各認定した事実に、《証拠省略》を総合すると、

清川村から本件土地を譲り受けた整備組合は、入会林野法に基づき、本件土地の管理につき、入会権者の共有持分を被告に現物出資して被告を設立して行うとの宮ケ瀬入会林野整備計画を策定し、被告においてこれを議決し、同法所定の手続きを経たうえで、本件現物出資がなされた。

この一連の過程において、現物出資する本件土地の価額が問題となったことはなく、前記原告らにおいては、被告を設立する以上、当然、本件土地の各自の共有持分を全部現物出資するとの意思であり、この価額うんぬんで一部しか現物出資しないなどと考えた者は誰もいなかった。

との事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

右事実と、前記五5認定の事実を併せて考察すれば、前記原告らが本件現物出資をするに当たり、本件土地の価額が時価に相応していることを前提としていなかったものの、前項の主張と同様、被告の解散に際して課される税金が、今や本件土地の評価が高額であるために嵩むので、これを免れる方法として、本件主張の如き錯誤をいうに至ったことが明らかである。

そうすると、かかる主張は、その誤信なるものの存在が認めるに足りず、また存在したとしても、意思表示の動機として表示されておらず、仮に表示されていたとしても、その誤信と意思表示との間には因果関係がないといわなければならないから、理由がないことに帰する。

八  結論

以上検討したところによれば、丙事件原告落合章二についてはその共有持分権の立証がなく、その余の原告らの現物出資における錯誤の主張は、いずれも理由がないので、これに基づく原告らの本件各請求は、その余の点について検討するまでもなく、全て理由がなく失当である。よって、原告らの請求を全て棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元吉麗子 裁判官 東原清彦 池本壽美子)

<以下省略>

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